【大阪】道修町は薬のまち

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大阪に道修町(どしょうまち)という所があります。
ここには製薬会社の大阪本社が多数あり、薬のまちを形成しています。
今回はこの地についてレポート。

大阪道修町

キタの梅田、ミナミの難波との間が道修町。
大阪メトロ堺筋線北浜駅で下車。
警告するポスターがかわいい。

道修町の町名は、道修寺という寺があったや江戸時代初期に薬学者北山道修がいた説があります。
地上に出ると、いきなり漢方薬の店!
さすが薬のまち、元気になりそうです。

道修町では製薬会社の本社が集積しています。
大日本住友製薬、カイゲンファーマ、田辺三菱製薬(工事中)、シオノギ製薬、武田薬品工業など大小さまざまな薬屋さん。
少彦名神社にくすりの道修町資料館が併設。

なぜ薬のまちになった?

豊臣秀吉の時代に中国からの漢方薬を扱う商人が集まりました。
後に、1722(享保7)年8代将軍徳川吉宗の頃、幕府が薬種中買仲間の免許を124軒に与えて、道修町1丁目から3丁目に住むことを義務に。
薬のまちとなり、日本の中心地に。
武田薬品の近江屋長兵衛、田辺製薬の田辺五兵衛などがいました。
明治時代には、西洋文明が日本に入ってくると、西洋薬学・洋薬を扱います。
さらにここから大阪大学薬学部(旧・大阪薬舗学校、共立薬学校)、大阪薬科大学(旧・大阪道修薬学校)が誕生しました。
また、1780(安永9)年少彦名神社が建立されました。
祭神は医神神農、薬や医療の神様。
漢方薬業者や医療従事者などに信仰されています。

ちなみに、御茶ノ水の湯島聖堂内の神農廟があり、毎年11月23日(勤労感謝の日)に「神農祭」が行われ、一時だけ、開廟。

大阪道修町では、製薬会社の本社が集積していました。
「本社って東京じゃないの?」と思われた方、正解です。
本社は2つあります。
東京は機能的、大阪は象徴的な本社となっています。
つまり、大阪本社は歴史があるというブランディングにつながっています。
東京ではなく大阪道修町に本社をおくことは、薬の伝統を誇りとしているため。
以上で終わります。

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