【東京】御茶ノ水は大学のまち④

前回、③の続きです。
前回は大学集積の要因で、今回は御茶ノ水の大学です。
JR御茶ノ水駅を中心に大学が集積しています。
現在に存立している大学は、駅北側に東京医科歯科大学、順天堂大学、南側にデジタルハリウッド大学、明治大学、日本大学
過去に存立していた大学は、東京大学、筑波大学、お茶の水女子大学、法政大学、東京理科大学、埼玉工業大学、中央大学

※古い写真ですので、現在では異なっている所もあります。
※独自調査のため、不正確な部分が含まれます。

[過去存立していた大学]

東京大学

筑波大学・斯文会(2007):『孔子祭復活百周年記念事業草創期の湯島聖堂よみがえる江戸の「学習」空間』清流出版社.

1868(明治元)年発祥は明治政府が接収した昌平坂学問所(現・湯島聖堂)を昌平学校と改称。
1869(明治2)年大学校と改称。
1870(明治3)年大学と改称。
1871(明治4)年大学廃止。昌平学校は間接的に東京大学に影響を与えた。
※廃止のため東京大学はこの系譜を否定。法学部と医学部の2校が発祥としています。
※写真は本郷キャンパス。

筑波大学(旧・師範学校)
1872(明治5)年発祥は御茶ノ水の湯島聖堂敷地内。
1873(明治6)年東京師範学校と改称。
1886(明治19)年高等師範学校と改称。

林順信(1987):『東京路上細見1(湯島・本郷・根津・千駄木・神田)』平凡社.

1902(明治35)年東京高等師範学校と改称。
1903(明治36)年文京区大塚へ移転。
戦後、GHQの教育改革で東京教育大学、筑波大学と改称。
※写真は茗荷谷キャンパス。

お茶の水女子大学(旧・東京女子師範学校)
1874(明治7)年発祥は御茶ノ水の湯島聖堂敷地内。
1890(明治23)年女子高等師範学校と改称。

林順信(1987):『東京路上細見1(湯島・本郷・根津・千駄木・神田)』平凡社.

1908(明治41)年東京女子高等師範学校と改称。
1932(昭和7)年文京区大塚へ移転。
戦後、GHQの教育改革でお茶の水女子大学と改称。
※写真は茗荷谷キャンパス。

法政大学(旧・東京法学社)
1880(明治13)年発祥は御茶ノ水の駿河台北甲賀町(現・駿河台日本大学病院跡)。
※碑は明治大学アカデミーコモン前、校舎は駿河台日本大学病院。

1921(大正10)年市ケ谷へ移転。
※写真は市ヶ谷キャンパス。

東京理科大学(旧・東京物理学講習所)
1881(明治14)年発祥は飯田橋の私立稚松小学校内(現・堀留北児童公園)、神田錦町へ移転。

1882(明治15)年本郷元町へ移転、神田神保町へ移転。
1884(明治17)年九段下牛ケ淵へ移転。
1886(明治19)年御茶ノ水の駿河台鈴木町の成立学舎へ移転、神田小川町へ移転。
1906(明治39)年神楽坂へ移転。
※写真は神楽坂キャンパス(現在廃止)。

埼玉工業大学(旧・東京商工学校)
1903(明治36)年発祥は浅草。
1922(大正11)年御茶ノ水の駿河台3-2(現・新御茶ノ水アーバントリニティ)へ移転。
1951(昭和26)年荒川に移転。

中央大学(旧・英吉利法律学校)
1885(明治18)年発祥は神田錦町の旧旗本蒔田家の屋敷(現・神田警察署東隣)。

1892(明治25)年火事で一ツ橋へ移転、再興後神田錦町へ戻る。
1926(大正15)年御茶ノ水の駿河台南甲賀町(現・三井住友海上)へ移転。

1977(昭和52)年工学部は文京区春日。
1978(昭和53)年文系学部は多摩へ移転。
※写真は多摩キャンパス。

[現在存立している大学]

東京医科歯科大学(旧・東京高等歯科医学校)
1928(昭和3)年発祥は一ツ橋の一橋大学内(現・如水会館)。

1930(昭和5)年御茶ノ水の湯島聖堂敷地内へ移転。
1944(昭和19)年医学部設置、現在に至る。

順天堂大学(旧・和田塾)
1838(天保9)年発祥は東日本橋の薬研堀不動院境内。

1843(天保14)年千葉県佐倉市へ移転。
1873(明治6)年秋葉原へ移転。
1875(明治8)年御茶ノ水の湯島聖堂敷地内へ移転、現在に至る。

デジタルハリウッド大学(旧・デジタルハリウッド)
1994(平成6)年発祥は神田淡路町2-3淡路町東誠ビル3階。


1996(平成8)年御茶ノ水の駿河台2-2御茶ノ水杏雲ビル13階・14階へ移転。
1998(平成10)年御茶ノ水の駿河台2-3DH2001Bldg.へ移転。
2005(平成17)年秋葉原へ移転。
2013(平成25)年御茶ノ水の駿河台4-6御茶ノ水ソラシティアカデミア3階・4階へ移転、現在に至る。

明治大学(旧・明治法律学校)
1881(明治14)年発祥は数寄屋橋の旧島原藩邸松平家の屋敷(現・有楽町マリオン前公園)。

1886(明治19)年御茶ノ水の駿河台南甲賀町(現・駿河台日本大学病院跡付近)へ移転。


1911(明治44)年御茶ノ水の駿河台1-1(旧・東京鉄道運輸課)へ移転、現在に至る。

日本大学(旧・日本法律学校)
1889(明治22)年発祥は飯田橋の講典研究所内(現・東京区政会館)。

日本大学理工学部(旧・日本大学高等工学校)
1920(大正9)年発祥は飯田橋の神田三崎町(現:日本大学法学部)。

1921(大正10)年御茶ノ水の駿河台北甲賀町へ移転、現在に至る。

※写真はかつての1号館。

日本大学理工学部90年史編纂委員会(2010):『日本大学理工学部90年通史激動の時代と科学の発展の中で』日本大学理工学部.

※写真は現在の1号館。

日本大学歯学部(旧・東洋歯科医学校)
1916(大正5)年発祥は日本橋の坂本町(現・坂元町公園)。

1917(大正6)年御茶ノ水の駿河台北甲賀町へ移転。
1920(大正9)年日本大学と合併、現在に至る。

日本大学理工学部90年史編纂委員会(2010):『日本大学理工学部90年通史激動の時代と科学の発展の中で』日本大学理工学部.

以上で御茶ノ水や大学のレポートを終わります。

最後に御茶ノ水に大学が集積・移転した年代をまとめたものを載せます。